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J下部セレクション全落ち。3年後「怪物」と呼ばれた選手に親が気をつけた「声かけ」とは?FC多摩 吉田湊海選手親子インタビュー

2023年、夏の北海道でひとりの「怪物」と呼ばれる選手が誕生しました。

全国クラブユース選手権U-15大会で、優勝・MVP・得点王の3冠を総なめにした選手が生まれたのです。それがFC多摩の吉田湊海選手でした。

吉田選手がボールを持つだけで会場が沸く。ライブ配信のコメントも盛り上がる。

私たちは「きっとこの選手は生粋のサッカーエリートなのだろう」と思っていたのですが、彼は「中学校に進学するときにJリーグ下部組織のセレクションを全部落ちた」という経歴の持ち主だったのです。

たったひとつ自分を受からせてくれたFC多摩の3年間。その後ろには、いつもご両親のサポートがありました。

今回インタビューに応じて下さったお父様と吉田湊海選手から、家族のサポートについて伺いました。

(取材・文/水下真紀)

お話を聞かせてくれた人

▲左:吉田平さん(父)右:吉田湊海選手

セレクションに落ち続けた。そのとき父は?

ーーー吉田湊海選手(以下、湊海選手)は、ジュニアユースへの進学の時にかなり悔しい思いをしたそうですね。

父(平さん)「そうですね、まず2回あった内部セレクションに失敗しました。本人はすごく落ち込んでいました。話さなくても雰囲気で伝わってきましたね。

当時はもっとこうしたほうがいい。もっと気持ちを強く持った方がいいなど、強い口調で伝えてしまっていましたね。今になったらもっと優しい口調で言えば良かったと後悔しています。」

湊海選手「心配してくれているのが伝わってきました。でも、お父さんの言葉を聞いてはいたんですが、全然ちゃんと受け止められていなかったと思います。でも、どういう言葉をかけてほしかったとか、そういうのもありません。ただ、『やるのは自分だから、自分がどうにかしなくちゃいけない』と思っていました。

今考えると、セレクションに落ちたのは、圧倒的に自分の技術が他の選手よりも足りなかったからだと思っています。

セレクションに落ち続けていたのに、送り迎えはいつも嫌な顔せずやってくれていたし、お金の面でもサポートしてもらっていた。それがすごくありがたいと思っていました。」

父(平さん)「一番落ち込んでいるのは本人だ、ということは分かっていたのに、心配のあまりついつい口うるさく言ってしまいました。私はこのことをとても後悔しました。FC多摩が湊海のことを受け入れてくれて、ここで3年間やっていくことが決まったとき、もう二度と同じことはするまい、と思いました。」

父の言葉の変化。息子の変化。

▲日本クラブユースU-15選手権では注目の的となった(動画は試合後インタビュー)

湊海選手「中学に入ってから練習量が増えました。きついときもあったんですが、サッカーがもっと楽しくなりました。楽しい3年間でした。」

父(平さん)「ジュニアの時に比べて、サッカーに取り組む姿勢が全く違う感じになりましたね。なにより、自分で考えて行動するようになった。
練習のきつさも見て、これはサッカー漬けの3年間になるんだろうなと重いました。実際その通りでしたが、本人が何よりもサッカー漬けの毎日を望んでいたので、とても良かったのではと思っています。

中学に入ってからは、プレーに関しても否定は絶対しないと決めていました。褒めるだけです。一生懸命努力している息子にちゃんと向き合ったら、自然にできるようになりました。」

湊海選手「中学校に入ったら、小学校のときに比べてうるさく言われなくなったなと思ってました(笑)。」

ーーー送迎の車の中ではサッカーの話ばかりしていらっしゃるとか。どんな感じで話をしてらっしゃいますか?

父(平さん)「点が入った時は思いっきり喜びますね!強制するような言葉は絶対かけないようにしています。
ついつい熱くなってしまいがちですが、サッカーをするのは親ではなく子どもです。ピッチに入ったら、自分の頭で考えて、自分が思うように行動しているはず。親の考えや意見がベストというわけでもないと思っています。本人の考えを妨害するような発言をしないようにしていますね。」

湊海選手「サッカーに行く時の送り迎えとかは一番ありがたいと思っています。(試合に)行く時は音楽を聴きながらいくことが多いんですが、帰りは話しながら帰ってきます。」

父(平さん)「サッカーの送迎は楽しみのひとつですね。私も妻もサッカーが好きなので、見ているのも好きだし、送り迎えも全く苦になりません。」

ーーー声かけという点で言えば、試合中に親の声、応援の声などは聞こえたりしますか?

湊海選手「審判の誤審じゃないかとか、相手のチームの保護者が大きな声を出していたりすると聞こえます。いろいろ言われることもあるけど、自分が点を決めれば静かになるんじゃないかと思って気にしていません。」

ーーー小さな頃からそんな感じで達観していたんですか?

父(平さん)「全然そんなことはないです。むしろ幼かったのでは。小学校3年生のときに坊主にするまではおかっぱでしたしね(笑)」

湊海選手「坊主は目立つから!(笑)」

世代別日本代表、そして全国制覇へ

▲2023年8月の日本クラブユースU-15選手権にて

ーーー湊海選手は、中学に入ってから、世代別日本代表に選出されるまでになりました。そして高校進学のため、まだ卒業はしていませんがそろそろ寮入りして高校からに備えると聞いています。この3年間はいかがでしたか

湊海選手「技術面はFC多摩に入って上がったと思います。小学校のときとか全国大会に出たことなんかなかったので、全国大会に出られたことがすごく嬉しくて、少し相手チームから警戒されたらもっと嬉しいなと思ってました。

夏のクラブユース選手権は、決勝トーナメントからだんだん自分の本番のコンディションに持って行けて、自分の理想像に近づけた感覚がありました。楽しかったです。

大会前から得点王を狙っていました。MVPも取れて優勝もして、嬉しかったです。」

ーーーお父様はどんどん上に上がっていく息子さんをどういう気持ちで見ていましたか?

父(平さん)「本人が楽しくサッカーをしていたので、何も心配せずに見ていられましたね。楽しみでしかありませんでした。サッカーをしている姿を見ているだけで安心できました。

全国大会では、試合を重ねるごとに得点も重ねていきましたし、観客の皆さんが声援を送ってくれるのも感じていました。湊海選手のプレーに自分もワクワクさせられました。楽しかったです。」

もっとサッカーに浸かるための寮入り

▲注目の的となり、大会後には特集動画も作られた

ーーーユースに所属が決まったと聞いています。おめでとうございます。少し早く寮に入るとか?

湊海選手「進路を選んだとき、寮に入りたかったんです。寮に入った方がサッカーに集中できると思ったから。だから、両親とも相談して、少し早く寮に入ってサッカー漬けになりたいなと思いました。

いろいろな選手が来るんだと思いますが、自分で選んだ道だからここで勝負するだけ。

寮に入ると決めたのも自分です。」

ーーー湊海選手の寮入りをどう感じていらっしゃいますか?

父(平さん)「家を出るだろうな、ということは薄々気づいていたので問題ないです。親に出来ることは応援するだけなので、もっとサッカーを楽しんで欲しいな、と思います。

サッカーには怪我がつきものなので、そこは心配ではありますが、その管理などもきちんと自分でケアできるように、成長していって欲しいです。

湊海は小さい頃からとても負けず嫌い。メンタルも強いと思います。ですので、自分の思うとおりに頑張ってもらえればいいなと思っています。」

最後に

子どもにどんな声をかけたらいいか。それは、子どもが順風満帆に過ごしているときにはなんら難しい問題ではありません。
難しいのは、子どもが失敗したとき。うまくいかないとき。ですよね。

そこを卒業して、「見守る」になったとき、より子どもは活き活き輝くのだなということを教えていただいたインタビューでした。

寄稿者プロフィール

JUNIOR SOCCER NEWS統括編集長/事業戦略部水下 真紀
Maki Mizushita
群馬県出身、東京都在住。フリーライターとして地方紙、店舗カタログ、webサイト作成、イベント取材などに携わる。2015年3月からジュニアサッカーNEWSライター、2017年4月から編集長、2019年4月から統括編集長/事業戦略部。2023年1月からメディア部門責任者。ジュニアサッカー応援歴17年。フロンターレサポ(2000年~)

元少年サッカー保護者、今は学生コーチの親となりました。
見守り、応援する立場からは卒業しましたが
今も元保護者たちの懇親会は非常に楽しいです。

お子さんのサッカーがもたらしてくれるたくさんの出会いと悲喜こもごもを
みなさんも楽しんでくださいますように。

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